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2009年1月

1989 日本GP 鈴鹿 125cc

日本GPが復活した1987年から2年間は、
250ccと500ccの2クラスだけでしたが、
この年からは125ccも開催されるようになりました。
1位は125ccクラスがまだ2気筒マシンが認められている頃から
単気筒のホンダRSを使っていたE.ジャノーラ。
2位、3位にはフル参戦組の畝本、高田の両選手が入りました。

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1989 日本GP 鈴鹿 500cc

昨日の映像の1年後の鈴鹿・日本GP
ケビン・シュワンツとAMA時代からのライバル、
ウェイン・レイニーとの歴史に残る一騎打ちです。
特にLap13のシケイン入り口からLap14の2コーナーまでは
当時中継のTVを見てて鳥肌が立ちました。

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1988 日本GP 500cc ラスト2ラップ

昨日の続きである、1988年日本GP500ccクラスの最後の2周をどうぞ。
この年からフル参戦となったスズキのケビン・シュワンツと
前年のチャンピオン、ワイン・ガードナーのトップ争いです。

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500cc 1987シーズン

1988年の日本GP中継の時の
導入部で紹介された、前年1987シーズン500ccクラスの映像と
1988日本GPのスタートまでの映像です。

前年22年ぶりに復活した日本GPは雨の中でのレースでしたね。
雨の得意なランディ・マモラが勝ち、3位にスズキの伊藤巧選手が入りました。

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1989 フランスGP 250cc

1989年のフランスGP250ccクラスの映像です。
この年フル参戦をしていたのは、アジノモト・ホンダの清水雅広選手。
西ドイツGPでは3位表彰台を獲得しています。
この映像のフランスGPでは、本間利彦選手がスポット参戦。
ヤマハカラーの28番のマシンがトップグループに追いすがり、
9番清水選手のテラカラーNSRより前を走っています。
最後は8番カルロス・カルダスと3番ジャック・コルヌーが飛び出し、
前年のチャンピオン、アルフォンソ・ポンスを挟んで、
本間選手は7番ジャンフィリップ・ルジアと4位争い。
結果、本間選手は4位、清水選手は7位となりました。

次戦のイギリスGPでは、清水選手が3位表彰台、本間選手は転倒リタイア。
その次、スウェーデンGPでは本間選手が序盤トップ争いを見せ、結果6位。
さらに次のチェコスロバキアでは今度は清水選手が最後までトップを争い、
最終コーナーでラインハルト・ロートに抜かれるものの、0.001秒差の2位。

本間選手は当時国内で圧倒的に強かったものの、この年の事故の影響で
三半規管を痛め、翌年以後その速さが失われて行きました。
また清水選手も表彰台には登るものの優勝には手が届かなかった。
歴史に「もしも」はありませんが、
全盛期の本間選手がGPフル参戦していたら・・・
清水選手に本間選手というライバルがいれば・・・
'93年の原田哲也選手より前に日本人王者が誕生していたかもしれません。


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1989 日本GP 鈴鹿 250cc

60年代に開催されていた世界選手権としての日本GP。
67年を最後に中断し、復活したのが1987年。
それから3年目の1989年の鈴鹿・日本GP250ccの映像です。
'87,'88と小林大(まさる)選手が優勝、3位と健闘し、
この年も日本人選手の活躍が期待されていました。

その期待通りに全日本王者UCCヤマハの本間利彦選手(ゼッケン28)が飛び出し、
この年全日本王者となるキャビン・ホンダの岡田忠之選手(ゼッケン58)も後に続く。
しかし優勝は同じくスポット参戦のジョン・コシンスキー(ゼッケン19)に奪われ、
表彰台も2位にA.ポンス、3位にL.カダローラとレギュラー組が獲得。
本間選手が4位、岡田選手が6位に終わりました。

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1985 ダッチTT 80cc

1985年のオランダ・ダッチTTの80ccクラスの映像です。
昨日の映像にも出たドルフリンゲルが1番のゼッケンで映っています。
しかしまるで昨日の映像を再現したかのように、途中でコースアウトし、
追い上げてトップに立ったと思ったら転倒しました。
ただしこの時は再スタートして2位でゴールしました。
1位は、Seelに乗るオーストリアのG.カフカ、
3位は後の名王者ホルへ・マルチネスです。

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1981 50cc ダッチTT

1981年のオランダ・ダッチTTでの50ccクラス映像です。
序盤でトップ争いをしているのは、
'82~'85の50/80cc王者シュテファン・ドルフリンゲルと
'78,'81の50cc王者リカルド・トルモです。

ゼッケン2番ブルーのレーシングスーツがドルフリンゲル、
白いマシン/スーツがトルモです。
途中ドルフリンゲルがコースアウトし、
トルモが単独トップに。
しかしドルフリンゲルが必死の追い上げで再び追いつき、
抜き去ったところで、無念の転倒リタイア。

結局、R.トルモが優勝。
2位には'74の50cc王者Henk van Kessel が入りました。

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1982 サンマリノGP 250cc

1982年のイタリア・ムジェロで行われたサンマリノGPの250ccクラスの映像です。
この年王者になるジャン・ルイ・トルナドールのインタビューも入ってます。

そのジャン・ルイは2位、優勝はチャンピオン争いをしていたアントン・マング、
3位はMBAに乗るスイスのローランド・フレイモンドでした。

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スペイン人ライダー 通算300勝

スペイン人ライダーのグランプリ通算300勝を記念した映像です。

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1985 ダッチTT 250cc

1985年のオランダGPの250ccクラスの映像です。
この年はフレディー・スペンサーがダブルエントリーして、
このクラスを走っています。
私が興味を惹かれたのは1分20秒前後に映っているマシン、
アームストロング・ロータックスです。
英国のコンストラクター、アームストロングが造った
カーボンファイバーフレームにロータックスのタンデムツイン・エンジンを
搭載しています。乗っているのはドニー・マクレオド。
このレースでは6位入賞、他にニール・マッケンジーも乗っていました。

写真はこちら。
当時としては珍しいフルカバードボディが美しいです。
後に片山敬済さんのチームRTKで
ワークスホンダNSRのエンジンを積んだ、セキトバ(赤兎馬)として
生まれ変わります。
Normal_armstrong_a Normal_armstrong_b Normal_silverstonearmstrong_tandem_

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1957年 マン島TT 500cc

1957年のマン島TT、500ccクラスの映像です。
ダストビン・フェアリング時代ですが、MVアグスタはダストビンではないですね。
2色に色分けされたカウルのマシンはジレラ。
そのジレラに乗るボブ・マッキンタイアはこのレースで史上初めて
オーバー・ザ・トン(ラップスピード100マイル≒160km/h)を達成。
このレースのトータルタイムは3時間2分57秒!
これを一人で走りきるのですから、まるで耐久レースですね。

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1983 イギリスGP 250cc

1983年のイギリスGPシルバーストーンでの250cc映像です。
この年、日本人でこのクラスに挑戦した全日本王者の福田照男さん
なかなか入賞することができませんでしたが、
このシルバーストーンで初めてトップグループについて走ることができ、
7位入賞を果たしました。
白地にブルーのラインのマシンですが、グループの後方にいるため
ちょっとわかりづらいですね。(ゼッケンは46)
(集団前方にいる白とブルーの10番のマシンは、クリスチャン・サロン)
映像の7分13秒くらい、左端に薄っすら映る白/青のマシンがそれだと思います。

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GP チェコスロバキア 1956

1956年のチェコスロバキア・ブルノでのGP映像です。
この当時はダストビン・フェアリング時代ですね。
NSUのスポルトマックスなどが確認できます。

映像のタイトルは「Grand Prix CSR Brno 1956」となっていますが、
この年、チェコでは世界グランプリは行われていないようなので、
世界選手権格式のレースではないようです。
しかし貴重な映像であることは間違いないですね。

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1985 サンマリノGP 250cc+500cc

1985年の最終戦サンマリノGPの映像です。
このレースの前にフレディー・スペンサーは両クラスでのタイトルを獲得。
このレースは欠場しています。

この映像の見所は独特のレイアウトを持つマシン、elf-2
elf-2のストリップ映像やレース映像にも映っていますね。
フロントフォークを持たず、ハブセンターステアリングという
システムを用い、エンジンを剛性メンバーとして使用しています。
しかし残念ながらポイント獲得には至りませんでした。

そのライダーであるクリスチャン・ルリアールのインタビューも。
フランス人ライダー達のインタビューばかりなので、
フランスのTV局の映像なんでしょう。

その後の映像のランディ・マモラのリカバリーは驚異的です。

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1974 スウェーデンGP 350cc+500cc

同じく1974年のスウェーデンGP
500ccではトップを走っていたバリー・シーンが転倒し、
直後を走っていたアゴスティーニはそれに巻き込まれ転倒リタイア。
シーンのスズキRGのウォーターポンプが破損し水が漏れたのが、
転倒の原因だそうです。
レースはランシヴォリが500cc初優勝。翌日の350ccでも優勝し、
ダブルウィンを達成しました。

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1974 イタリアGP 350cc+500cc

さらに1974年の映像。
第2戦の西ドイツGPはコースの安全性の問題でトップライダーがボイコット。
第3戦のオーストリアは雨中のレースでアゴスティー二の優勝。
続く4戦目のイタリアGPの映像です。

350ccではアゴスティー二が優勝。
地元でのダブルウィンを目指して、500ccでもトップグループを走る。
3位につけたバリー・シーンはギアトラブルのためにリタイア。
終盤ボネラを引き離し、アゴスティーニが独走体勢を築くが、
最終ラップにガス欠のためリタイア。
結局ジャンフランコ・ボネラが優勝しました。

レース後のアゴスティーニの落胆ぶりが表情から窺えます。

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1974 フランスGP(2)

昨日と同じく1974年第1戦のフランスGPの別映像です。
整備中のマシンが見られます。

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1974 フランスGP 350cc+500cc

引き続き1974年の映像を。
フランスGPの映像です。行われたのはクレルモン=フェランという都市の
峠道のような公道コース、シャレード・サーキットです。
全長8km程度のアップダウンの多いコースです。
サーキットの紹介はこちら
http://en.wikipedia.org/wiki/Charade_Circuit
航空写真はこちら。(上から6つめ)
http://www.f1fanatic.co.uk/2008/01/09/f1-circuits-history-part-5-1961-6/

1974年の緒戦であったこのGP。
スズキワークスはこの年からRG500(XR14)でGP復帰
ライダーはバリー・シーン、ジャック・フィンドレイ、ポール・スマートでした。
デビューレースでシーンは2位入賞を果たしました。

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1974 ダッチTT 350cc+500cc

昨日に引き続き1974年の映像を。
オランダGP、ダッチTTの模様です。
この映像の40秒付近、ケニーロバーツ・シニアが映っています。
前年AMAのチャンピオンになり、このダッチTTで
世界グランプリに初のスポット参戦、250ccで3位に入りました。
この年もAMAでチャンピオンを獲得しました。
しかし世界グランプリへのフル参戦は、1978年まで待つことになります。

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1974 フィンランドGP 350cc+500cc

1974年のフィンランドGPイマトラでの映像です。
メインで追いかけられているのは
ヤマハワークスで地元のテピ・ランシヴォリ。
350ccの方で転倒したものの、500ccでタイトル争いをしていたため
500ccも出場。争っていたのはMVアグスタのフィル・リードと
同じくMVのジャンフランコ・ボネラ。
結果はこの二人に次ぐ3位。タイトルはフィル・リードのものになりました。
4ストと 2ストの排気音のハーモニーが良いですね。

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1969 Kawasaki

さらにカワサキの映像を・・・
カワサキに初のワールドタイトルをもたらしたのは
1969年の125ccクラスで、ライダーはデイヴ・シモンズでした。
その映像を探していたら、らしきものがありました。
下の映像の30秒あたり、17番をつけたマシンがそのようです。

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1982 フィンランドGP

昨日からの繋がりで、1982年のフィンランドGPを。
このイマトラという公道サーキット、途中に踏切があることで有名です。
下の映像は同じく1982年のイマトラですが、
予選や併催の市販車クラス(昔のスーパーバイク・クラス)も映っていますね。
冒頭で250ccのマシンがパドックを移動するシーンがありますが、
ゼッケン7番はこの年チャンピオンになるジャン・ルイ・トルナドール
1番のカワサキはアントン・マンク、
ひげとアフロの人は'83,'86チャンプのカルロス・ラバード
ゼッケン2番のカワサキは、ジャン・フランソワ・バルデです。


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1982 チェコスロバキアGP 250cc+350cc

やはりカワサキといえばライムグリーン。
前回は白いKRだったので、今回はライムグリーンのKRを。
1982年のチェコスロバキアGP、ブルノでの250ccと350ccの映像です。
この時のブルノは公道サーキット、1周約10kmのコースでした。
ライムグリーンのKRに乗るのはアントン・マンク
250cc(緑ゼッケン)の優勝は、翌1983年に250ccチャンプになるカルロス・ラバード
350cc(青ゼッケン)の優勝は、シュバリエ・ヤマハのディディエ・デ・ラディゲ
アントン・マンクは2位でした。
ブルノでの公道レースはこの年が最後で
同じくこの年で最後となったフィンランドのイマトラとともに
これ以後、純粋な公道サーキットは2輪のGPから姿を消すことになります。

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1980 西ドイツGP 350cc

続いてカワサキの映像を・・・
70年代後半から中排気量クラスを席巻したカワサキKR350の映像です。
1980年の西ドイツGPニュルブルクリンク旧コースでのレース。
競り合っているのは、この年チャンピオンになるジョン・エクロルド(ビモータ・ヤマハ)
とクラウザーカラーのカワサキに乗るアントン・マンクです。

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Kawasaki 2007 Brno test

昨年の年末に伝わってきた、カワサキMoto GP撤退のニュース。
本当ならば残念なことですが、
大きなスポンサーをつけずに参戦していましたし、
結局レース活動は宣伝活動ですから、目立った成績が無ければ
費用対効果が薄いということで、真っ先に削減対象になってしまいますよね・・・

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