1969 Kawasaki
カワサキに初のワールドタイトルをもたらしたのは
1969年の125ccクラスで、ライダーはデイヴ・シモンズでした。
その映像を探していたら、らしきものがありました。
下の映像の30秒あたり、17番をつけたマシンがそのようです。
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1969年のユーゴスラビアGP 50ccの映像です。
昨日書きましたヤマティ社の資料映像でしょうか?
アンヘル・ニエトさんや、昨日紹介したライダー達が映っています。
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さらに翌年のダッチTT 50ccのスターティンググリッドです。
デルビ、ヤマティ・・・
もう日本製ワークスマシンの姿はありません。
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前のエントリーの2年後の1968年のダッチTT 50ccクラスです。
日本車があまりにも高度に進化しすぎて欧州メーカーがついていけず
レギュレーションが変更され1969年から50ccは
単気筒のみ、ミッションは6速までとなりました。
1968年用に50cc3気筒マシンを開発していたスズキは、
そのマシンを使うことなく、67年を最後に撤退。
68年はハンス-ゲオルグ・アンシャイトの個人参加という形で
マシンを貸与しました。
映像に映ったスズキのマシンはそれだと思われます。
このレースで、そのアンシャイトに勝ったのは
Jamathi(ヤマティ)というメーカーのマシンです。
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1966年のオランダGP 50ccクラスの映像です。
ホンダのRC116や、スズキのRK66、クライドラーのマシンも見られます。
当時のクライドラーは手動3速×足動4速の12段変速。
操作が難しく、自在に操れるのはハンス-ゲオルグ・アンシャイトだけ
と言われていました。
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1969年の東ドイツGP、ザクセンリンクでの500ccの模様です。
途中葬儀の映像が入るのは、1967年の125ccクラス王者
ビル・アイビーの葬儀です。
1967年にヤマハで125cc王者となりましたが、
翌年はフィル・リードとの確執があってタイトルを逃した。
そしてヤマハの撤退もあり、チェコスロバキアのJawaに移籍。
このザクセンリンクで亡くなりました。
経歴・戦績はこちらを
http://en.wikipedia.org/wiki/Bill_Ivy
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Moto GP 殿堂入りを果たしているフィル・リードの
60年代にヤマハに乗っていた頃のカラー映像です。
最初のスタート映像はおそらくオランダGP(ダッチTT)、
次のがマン島TTですね。
表彰台の映像が2位ルイジ・タベリ、3位マイク・ダフだと
思われるので、1965年のマン島TT、125ccだと思われます。
となるとマシンはRA97でしょうか。
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アナウンスの中で伊藤光夫さん(スズキ)を
「ディフェンディング・チャンピオン」と
言っていることから、1964年の50ccクラスのようです。
リザルトは
1.Hugh Anderson NZ Suzuki
2.Ralgh Bryans IRL Honda
3.Isao Morishita JPN Suzuki
4.Hans-Georg Anscheidt WG Kreidler
5.Mitsuo Ito JPN Suzuki
6.Naomi Taniguchi JPN Honda
*当時は6位までにポイントが与えられた。
アナウンスの中には日本人3人の名前が出てきました。
森下勲さん(スズキ)が3位、伊藤光夫さんが5位、
越野晴雄さん(スズキ)は、
野ねずみのために転倒リタイアしたそうです。
(他に谷口尚己さん(ホンダ)が6位)
また現在はバイクを作っていない
トーハツ(東京発動機)のマシンに
後の1969年の125cc王者Dave Simmondsが乗っているようです。
(スタート映像3つ目の手前側の白いマシン?)
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