1989 日本GP 鈴鹿 125cc
250ccと500ccの2クラスだけでしたが、
この年からは125ccも開催されるようになりました。
1位は125ccクラスがまだ2気筒マシンが認められている頃から
単気筒のホンダRSを使っていたE.ジャノーラ。
2位、3位にはフル参戦組の畝本、高田の両選手が入りました。
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1988年の日本GP中継の時の
導入部で紹介された、前年1987シーズン500ccクラスの映像と
1988日本GPのスタートまでの映像です。
前年22年ぶりに復活した日本GPは雨の中でのレースでしたね。
雨の得意なランディ・マモラが勝ち、3位にスズキの伊藤巧選手が入りました。
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1989年のフランスGP250ccクラスの映像です。
この年フル参戦をしていたのは、アジノモト・ホンダの清水雅広選手。
西ドイツGPでは3位表彰台を獲得しています。
この映像のフランスGPでは、本間利彦選手がスポット参戦。
ヤマハカラーの28番のマシンがトップグループに追いすがり、
9番清水選手のテラカラーNSRより前を走っています。
最後は8番カルロス・カルダスと3番ジャック・コルヌーが飛び出し、
前年のチャンピオン、アルフォンソ・ポンスを挟んで、
本間選手は7番ジャンフィリップ・ルジアと4位争い。
結果、本間選手は4位、清水選手は7位となりました。
次戦のイギリスGPでは、清水選手が3位表彰台、本間選手は転倒リタイア。
その次、スウェーデンGPでは本間選手が序盤トップ争いを見せ、結果6位。
さらに次のチェコスロバキアでは今度は清水選手が最後までトップを争い、
最終コーナーでラインハルト・ロートに抜かれるものの、0.001秒差の2位。
本間選手は当時国内で圧倒的に強かったものの、この年の事故の影響で
三半規管を痛め、翌年以後その速さが失われて行きました。
また清水選手も表彰台には登るものの優勝には手が届かなかった。
歴史に「もしも」はありませんが、
全盛期の本間選手がGPフル参戦していたら・・・
清水選手に本間選手というライバルがいれば・・・
'93年の原田哲也選手より前に日本人王者が誕生していたかもしれません。
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1985年のオランダ・ダッチTTの80ccクラスの映像です。
昨日の映像にも出たドルフリンゲルが1番のゼッケンで映っています。
しかしまるで昨日の映像を再現したかのように、途中でコースアウトし、
追い上げてトップに立ったと思ったら転倒しました。
ただしこの時は再スタートして2位でゴールしました。
1位は、Seelに乗るオーストリアのG.カフカ、
3位は後の名王者ホルへ・マルチネスです。
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ゼッケン2番ブルーのレーシングスーツがドルフリンゲル、
白いマシン/スーツがトルモです。
途中ドルフリンゲルがコースアウトし、
トルモが単独トップに。
しかしドルフリンゲルが必死の追い上げで再び追いつき、
抜き去ったところで、無念の転倒リタイア。
結局、R.トルモが優勝。
2位には'74の50cc王者Henk van Kessel が入りました。
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1985年のオランダGPの250ccクラスの映像です。
この年はフレディー・スペンサーがダブルエントリーして、
このクラスを走っています。
私が興味を惹かれたのは1分20秒前後に映っているマシン、
アームストロング・ロータックスです。
英国のコンストラクター、アームストロングが造った
カーボンファイバーフレームにロータックスのタンデムツイン・エンジンを
搭載しています。乗っているのはドニー・マクレオド。
このレースでは6位入賞、他にニール・マッケンジーも乗っていました。
写真はこちら。
当時としては珍しいフルカバードボディが美しいです。
後に片山敬済さんのチームRTKで
ワークスホンダNSRのエンジンを積んだ、セキトバ(赤兎馬)として
生まれ変わります。
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1983年のイギリスGPシルバーストーンでの250cc映像です。
この年、日本人でこのクラスに挑戦した全日本王者の福田照男さん
なかなか入賞することができませんでしたが、
このシルバーストーンで初めてトップグループについて走ることができ、
7位入賞を果たしました。
白地にブルーのラインのマシンですが、グループの後方にいるため
ちょっとわかりづらいですね。(ゼッケンは46)
(集団前方にいる白とブルーの10番のマシンは、クリスチャン・サロン)
映像の7分13秒くらい、左端に薄っすら映る白/青のマシンがそれだと思います。
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1985年の最終戦サンマリノGPの映像です。
このレースの前にフレディー・スペンサーは両クラスでのタイトルを獲得。
このレースは欠場しています。
この映像の見所は独特のレイアウトを持つマシン、elf-2
elf-2のストリップ映像やレース映像にも映っていますね。
フロントフォークを持たず、ハブセンターステアリングという
システムを用い、エンジンを剛性メンバーとして使用しています。
しかし残念ながらポイント獲得には至りませんでした。
そのライダーであるクリスチャン・ルリアールのインタビューも。
フランス人ライダー達のインタビューばかりなので、
フランスのTV局の映像なんでしょう。
その後の映像のランディ・マモラのリカバリーは驚異的です。
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やはりカワサキといえばライムグリーン。
前回は白いKRだったので、今回はライムグリーンのKRを。
1982年のチェコスロバキアGP、ブルノでの250ccと350ccの映像です。
この時のブルノは公道サーキット、1周約10kmのコースでした。
ライムグリーンのKRに乗るのはアントン・マンク
250cc(緑ゼッケン)の優勝は、翌1983年に250ccチャンプになるカルロス・ラバード
350cc(青ゼッケン)の優勝は、シュバリエ・ヤマハのディディエ・デ・ラディゲ
アントン・マンクは2位でした。
ブルノでの公道レースはこの年が最後で
同じくこの年で最後となったフィンランドのイマトラとともに
これ以後、純粋な公道サーキットは2輪のGPから姿を消すことになります。
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1989年のフランスGP 125ccの映像です。
1番をつけた、デルビに乗る前年のチャンピオン、
ホルへ・マルティネスが優勝
2位はこの年チャンピオンになる、J.J.コバスのアレックス・クリビーレ
3位はホンダのエッツォ・ジャノーラです。
4位争いで高田孝慈選手(エメラルドグリーンのマシン)と
ファウスト・グレシーニがいて、そのグレシーニに接触したのは
畝本久選手(ピンクのヘルメット)ではないでしょうか?
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GP優勝回数90勝を誇るアンヘル・ニエトさんの映像です。
レース映像は主に1984シーズンの125ccのものです。
途中、プライベートでハーレーに乗っているシーンがありますが
後ろに乗っているのは、1983,1986の250ccチャンピオン、
カルロス・ラバードですね。
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再び1989年の125ccクラス チェコスロバキアGP
フロントローに、当時日本人で参戦していた2人
畝本久さん、高田孝慈さんが並んでいます。
独走するクリビーレを、高田選手は途中まで追いかけての単独2位。
途中ファーステストラップも記録していますが、突然姿を消しています。
当時の文献が手元に無いので理由は分かりませんが、
リタイアしたみたいです。
畝本選手は2位グループで競っていたようですが・・・
(実家に帰って文献を確認できたら補足します)
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1999年に500ccクラス王者となったアレックス・クリビーレの
最初のタイトル獲得となった1989年の125ccの映像です。
マシンはJ.J.Cobas、ゼッケン28 がクリビーレです。
ゼッケン1番をつけてるマシンは前年王者
デルビの”アスパー”ホルへ・マルティネスです。
この年、クリビーレは5勝をあげ、19歳で世界チャンピオンに。
それまでの最年少記録(ジョニー・チェコット)を僅差で抜き、
最年少世界王者となった。
(翌年にロリス・カピロッシが大幅に記録更新)
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1982年の第10戦 スウェーデンGPの映像です。
このレースで片山敬済選手が、500ccクラス初優勝。
500ccでの日本人優勝は、1975年オーストリアでの金谷秀夫さん以来の優勝でした。
この次は1996年日本GPの阿部典史選手の優勝まで、
さらに10年以上待つことになります。
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1984年のGarelliチームの映像ですね。
映っている人はもちろん軽量級の鉄人アンヘル・二エト。
GP通算90勝を誇る凄い人です。
アンタッチャブル・レコードと思われたこの記録も
今年ヴァレンティーノ・ロッシが超え、歴代3位となりました。
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'80年代の125ccを支配したGarelliのマシンたちです。
このマシンに乗って王者となったのは・・・
1982~1984 125cc Angel Nieto
1985,1987 125cc Fausto Gresini
1986 125cc Luca Cadalora
昨日のエントリーにも書きましたが、
白地ゼッケンが50cc、黒地ゼッケンが125cc、緑地ゼッケンが250ccです。
1984から250ccにも進出しました。
1988に125ccが単気筒のみになり(それまでは2気筒まで)
優位性がなくなり、活動は縮小していきました。
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昨日のエントリーで書いた
ボイコット騒ぎのあった'89のミサノの映像がありました。
レースは通常通りスタートしたものの
途中で雨が降り出し中断、レースは2ヒート制に。
2ヒート目の前に、このまま走るには危険だと
ワークスライダー達がボイコット。
プライベートライダーと地元であるピエール・フランチェスコ・キリだけが
2ヒート目に出走しました。
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前のエントリーのオーストリアGPの後の
フランスGPで持ち上がったサーキットの安全性による
ワークスライダーのボイコット問題。
ワークスライダー達が話し合う映像は初めて見ました。
ランディ・マモラ、バリー・シーン、ケニー・ロバーツ、フランコ・ウンチーニ、
片山敬済さんの姿も見えます。
レース映像は250cc?(ゼッケンの色が見づらい)と500cc。
ワークスがボイコットした500ccでは
サンベネロのマシンに乗るミシェル・フルッチが優勝しました。
この後、ボイコット騒動が起きたのは'89のイタリア・ミサノ。
その時もワークスライダーがボイコットしましたが、
地元のピエール・フランチェスコ・キリだけは、ファンのことを考えて走りました。
その時の表彰台での彼の表情は初優勝にも拘らず、暗いものでした。
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昨日の繋がりで、'82年の第2戦オーストリアGP350ccクラスのレース映像です。
リザルトは
1.Eric Saul France
2.Anton Mang WG Kawasaki
3.Patrick Fernandez France Yamaha
映像の中には後にマルボロ・ヤマハ入りする
ディディエ・デ・ラディゲの姿もありますね。
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前エントリーと同じく
1982年第2戦 オーストリアGP 500ccのレース映像です。
サーキットは、ザルツブルグ・リンクです。
リザルトは
1. Franco Uncini Italy Suzuki
2. Barry Sheene GB Yamaha
3. Kenny Roberts USA Yamaha
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前エントリーからのつながりで、'82年の500ccクラスの映像です。
スタート前の映像でしょうか?
映っているライダーは・・・
最初に映るブルーのマシン
ジブリ・スズキのフランコ・ウンチーニ
この年、5勝をあげてチャンピオンになるライダーです。
ゼッケン3のヤマハカラーは、ケニー・ロバーツ(シニア)
言わずと知れた'78~'80の500ccチャンピオンです。
この年の開幕戦である前戦アルゼンチンGPで優勝しています。
37番の赤・青・白のマシンは、
この年デビューのホンダ2ストロークマシンNS500
乗っているのは、フレディー・スペンサー。
GPフル参戦は、この年がデビューイヤーです。
同じくホンダの31番は片山敬済さん。
1番は前年のチャンピオン、マルコ・ルッキネリです。(スズキから移籍)
4番のマルボロ・カラーのヤマハはグレーム・クロスビー。
ヨシムラ・スズキで名を上げたライダーです。
7番はもちろんバリー・シーン。
'76,'77の 500cc王者です。
この年はヤマハのマシンに乗っています。
ただケニー・ロバーツのマシンは先行投入されたV型エンジン。
バリーのは、前年と同じスクエア4のエンジンです。
2番のガリーナ・スズキはランディ・マモラ。
バリー・シーンがチームマルボロの監督になった
ジャコモ・アゴスティーニと
雑談している映像もありますね。
そのマルボロのロゴにはガムテープが貼ってあります。
現在はタバコ広告はほとんど禁止なので別カラーリングになりますが、
当時は禁止されていたのは、ドイツ、オーストリアくらいなので
その時だけテープを貼ってロゴを隠していました。
6分を過ぎた所でライムグリーンのマシンが映りますが
カワサキのKRです。ですが昨日載せた'82モデルではないですね。
前年の'81モデルですね。
シーズン当初で間に合わなかったのでしょうか?
最後のシーンではケニーロバーツと、
この年チャンピオンになるフランコ・ウンチーニが話しています。
もう1人はソノート・ヤマハのマーク・フォンタンでしょう。
追記:続きの映像らしきものがありました。
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'78,'79の250ccと350ccクラスチャンピオンであり、
'80~'82のカワサキの500ccワークスライダーであった
コーク・バリントンによる、'82カワサキKR500の解説と実走の映像です。
バリントン自身が'82KRを持っているのでしょうね。
プライベーターとして走っていたので、
自身もメカニックとしての知識があるでしょうから
自らメンテナンスをしているのでしょうか?
KR500は、参戦していた3年間では
残念ながら優勝には恵まれませんでしたが、
後にタミヤからプラスティックモデルとして発売されました。
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